一瞬にして乱世に 青森県・義経寺

2018年6月8日版掲載

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私が初めて小説らしきものを手にしたのは、小学4年生の時の「源義経」だった。その頃、村の小学校には図書館もなく、教科書以外で目にする本らしきものはなかった。父が、町から赴任してきた先生にお願いして、町の本屋で買ってきてもらったものだった。

本の中身は正確には覚えていないが、源義経を中心に、源平の戦い、兄の頼朝との信頼と憎しみ、弁慶との出会いが描かれていた。

私の住む五箇山も平家の落人伝説が語り継がれている土地で、源氏とも無縁ではない。小説の主立った舞台、香川・屋島や山口・壇ノ浦、京都・五条大橋、石川・安宅の関跡、奥州・平泉などへはその後、私も足を運んでいる。

本州の日本海側最北端、私の好きな津軽半島・竜飛岬にあるホテルのフロントで「源義経の北行伝説が伝わる義経寺(ぎけいじ)があるから、じかんがあれば」と勧められた。ホテルからは国道339号を南へ約10㌔。東津軽郡外ヶ浜町の三厩漁港(みんまやぎょこう)のすぐそばの高台にあるとのことだった。

夕方だとすれ違う車も少ない。三厩漁港は結構大きな港で、海にせり出すように小高い丘がおる。山肌を取り巻くように、階段が連なっている。ゆっくり登ると、目の前に山門が現れて、「義経寺」の文字が読める。山門から右手に津軽海峡が見えてくる。演歌の世界だ。

山門をくぐれば本堂の灯が目を引きつける。伝説の地と分かっているので、時間が一瞬にして乱世の時代に戻る。言葉では表現できないほど、人々の汗と涙で歴史をつないできたに違いない。旅は多くのものを見せてくれる。

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2人乗りの楽しみ 富山・相倉

2018年5月11日版掲載

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私の仕事の民宿は父親が始めた。今年で50年が過ぎ、その間父親が亡くなり、母親が亡くなり、私たち夫婦が引き継いで今年で23年になる。ここ相倉合掌集落がユネスコの世界文化遺産に登録されてからは世界中からお客を受け入れている。

旅好きの私は、お客から旅の話を聴くのも楽しみの一つだ。民宿はホテルや旅館などとは違い、玄関で迎えて翌日の見送りまですべてにかかわるから客との距離は近い。

最近、夫婦のお客の予約を受けた。交通は自転車で、と聞いて頭から若い人だろうと思っていると、当日玄関で迎えたのは、初めて見る2人乗り自転車でびっくり。さらに夫婦とも50歳は過ぎているようだった。夕食時、囲炉裏を囲んで話を聞きながらこんな旅もあるのだと、話が弾んだ。

米国、英国で8年間の滞在生活がある国際人で、宿泊前日(4月29日)、富山県氷見市を出発点・ゴールとして開かれた「富山湾岸サイクリング2018」に出場しての帰りにお泊りいただいた。当日1000人近い参加者の中で2人乗りの自転車(タンデム自転車)での参加は、障害者用を別にして当のご夫婦だけだったそうだ。

2人乗り自転車の公道での走行は、日本では十数府県しか許可されておらず、16年に解禁された同県は、全国でも公道を走れる数少ない自治体の一つらしい。夫婦の話では、世界中で2人乗り自転車の走行規制があるのは、日本だけらしく、不思議に思った。英国では、休日に2人で田舎の風景をあちらこちらで楽しんだという。

ご主人の父親の実家は、青森県の日本海沿いの町で、同県ではまだ解禁されていないらしく、古里の日本海の風景をいつか走れるのを楽しみに待っているとのことだった。

写真は2人乗り自転車とお客さん。

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みこし先導 優雅に  富山県南砺市・城端

2018年4月6日版掲載

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今冬は大雪や厳しい寒さに見舞われたが、3月に入ると一度も降雪がないどころか初夏のような陽気が続いた。桜も開花から満開と散り急いでいるようで、別れの季節とも重なって何となく寂しい。

それでも4月ともなれば、学校も社会も新年度がスタートし、もうすぐゴールデンウィークがやって来る。正月やお盆と違って自由時間をもらったようではあるが、準備を怠ると、あっという間に終わってしまう。スポーツに美術館巡り、旅行など盛りだくさんの中から何を選ぶかは楽しくもあり、悩ましいところでもある。

私が住む富山県南砺市には、高岡市の「高岡御車山祭」(5月1日)、魚津市の「たてもん祭り」(8月第一金、土曜日)と並ぶ祭りの、ユネスコの無形文化遺産に登録された「城端曳山祭」(5月4、5日)がある。祭りの舞台・城端地区の歴史は古く、約450年前には、善徳寺を中珍に開かれている。加賀藩は五箇山で生産された生糸などの産品を流通させる際、城端に経由する特権を与えたことで、絹織物産業が発展。富と賑わいをもたらせた。

商売が繁盛すれば、神を敬うようになり、祭に発展する。今に息づく曳山文化の誕生である。

城端の曳山は、江戸端唄(はうた)と呼ばれる庵唄(いおりうた)が特徴の一つだ。京や江戸とのつながりが深く、情緒あふれる庵唄が庵屋台とともにみこしの行列に花を添える。もう一つは、他では見られなくなった傘鉾(かさほこ)だ。みこしを先導し、神を天からお招きするもので、各町内の信仰を代表するものとされている。3基のみこしを先頭に、獅子舞、剱鉾、8本の傘鉾、四神旗、庵屋台に曳山がお供して巡行するさまは、”越中の小京都”と呼ばれるだけあって華やかなものである。

5月4日が宵祭り、5日が本祭りだ。写真は傘鉾。

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雪の恩恵も忘れずに 富山県・相倉

2018年3月2日版掲載

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今年の冬は、北陸の豪雪に始まり、その後は平昌冬季五輪で新聞やテレビは連日、関連記事で大にぎわいであった。日本のメダル有力選手の出場ともなれば、テレビにくぎ付けになる。韓国は、日本との時差がなく、夕食を挟んでの応援は、結果がよければ「良かった良かった」と1日を終えることができ、日常生活も気持ち良く続けられる。

一方の豪雪は、日常生活に大きな影響が出る。行政の除雪費用が例年の3~5倍とも言われ、どの自治体も大変だ。私が住む五箇山は豪雪地帯で、今冬も一番多い時で3㍍を超えていた。それでも道路はきれいに除雪され、日常生活に支障はない。

時々、雪は思わぬ降り方をする。福井県から石川県にかけての国道8号は、2昼夜にわたって1000台以上の車が動けなくなる災難に見舞われた。ニュースで見る限り、平野では普通の降り方ではない。自衛隊が出動するほどのお手上げ状態だったことが分かる。

救いは、近辺の人たちが差し入れしたり、ドライバーも疲れているのに不満も言わず冷静だったことだ。早く抜け出して家に帰りたいという気持ちは痛いほど分かる。

私の家の周りは田畑も含め、いつも5月の大型連休ごろまで雪が残っている。水がぬるむ頃、雪はゆっくり解け始め、土に染みこみ、またいつか地上に湧き出て、私たちに恵みを与えてくれる。雪国の人々にとって、雪は生活の一部だと私は思う。もっと雪と親しむこともあってもいいのではないか。雪が降ったら邪魔者扱いばかりしないで、たまには雪だるまでも作って遊んでみたらどうだろう。

写真は冬の晴れ間の相倉合掌造り集落。

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マナー守り 楽しく撮る 島根県・津の森

2018年2月2日版掲載

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写真は、写す人と写される相手がいることは、これからも変わることはない。人物写真ともなれば、相手が人間だから簡単ではない。一昔前までは写す側も多くはなかったが、それなりに一般的なマナーを持っていたから、相手に無礼にあたるような撮り方はしなかったし、撮られる側も「まあいいか」という程度に終わっていたように思う。

しかし今はもう、歩いている人は皆カメラをはじめスマートフォンなど写真を写す道具を持っている。現代はプライバシーや肖像権の問題も含めて、撮る側より撮られる側の方が敏感だ。私も撮る立場なのに、住んでいる場所が観光地的な場所だから、撮られる側にいることも多い。

家の玄関を出た途端にカシャカシャとシャッターを切られることも度々ある。防ぎようがない。ストレスもたまる。仕方ないとあきらめる他ないのか。

最近は鉄道写真が熱い。「撮り鉄」と呼ばれる鉄道ファンはよりいい写真を撮るためにいろいろ考え、苦労している。そのことで迷惑をかけたり、トラブルになることもある。いい場所を確保するために足元の花を踏みつけたり、線路内に侵入したり、駅員や車掌さんにじかにカメラを向けたりするなど、マナーが問題になっている。プロのカメラマンの写真から読めるのは、マナーをきちんと守っていることである。

もともと鉄道好きな人たちの集まりだ。マナーの悪い人はほんの一部の人たちであって、ほとんどの人たちはマナーを守り楽しんで撮っている。プロは、人それぞれの個性ある写真を撮っている。アマチュアの人たちも自分しか取れない写真を楽しんでほしい。「ゆる鉄」という電車を写さないで鉄道風景を表現する写真もある。

写真は、自転車ごと電車に乗り込むためにホームに向かう女性。

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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