神々の国の島

島根県・隠岐の島 2012.9.12

8月のオリンピック期間中、日本人はここ数年で最も幸福な時間を持ったのではなかろうか。熱戦のニュースは心を癒し、楽しませてくれたばかりではなく、他の嫌なことも一瞬忘れさせてくれた。
それほどここ数年は明るいニュースが少ない。特にここしばらくの国内政治の出口が見えない混乱、経済の低迷、若者の就職難、沖縄の基地問題などなど明るい方向に向かおうとしているものはただの一つもない。
日米の基地問題のギクシャクからか、アメリカの後ろ盾も弱まっているところへ、ロシア、中国、韓国と隣国3国がここぞとばかりに領土問題で日本に揺さぶりをかけている。腹が立つのは、自国の問題から国民の目をそらすために領土問題を持ち出している指導者立ちである。数年前「品格」がブームになった。国家お品格ももちろんだが、国家の指導者の品格も問われなければならない。しかし、既にそんなものが通用する時代ではないのかもしれない。
10年前、私はカメラを背負いロシア・ウラジオストク、韓国・ソウル、中国・大連を2年間に3,4回ずつ訪ねた。ソウルでは写真展まで開いた。3カ所とも嫌な思いは一度もなかったし、ソウルでは多くの人たちの協力好意を受けた。感謝の気持ちは今も変わらない。それでも竹島問題は理解できない。
今回の撮影地は島根県隠岐の島。神々の国、島根県は日本で一番多くの神様がいる土地である。竹島は島根県の一部である。領土問題の解決を神様にお願いする訳にはいかないが、これ以上争いがエスカレートしてもいい結末は生まれない。品格ある対応を望むものである。

20120912

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メモ魔だった土門拳

山形県・土門拳記念館 2012.8.15

私たちは何かにつけてメモをする。予定事項を書き込んだり、買い物、思いつき、昔のことを思い出してまで色々とメモをする。特に、年を取ると、メモしないと昨日のことも思い出せない。それでも昔のある一部のことを事細かに思い出すこともあり、人間の脳の中身は複雑である。
写真についても過去に撮ったフィルムを見て、その時の状況を簡単に思い出すこともあれば、まったく撮ったことすら忘れているものもある。そこで私のメモ帳を開くことになるのだが、海外の旅でも場所、日時などわずかなメモがあるだけで、本当に知りたいことが分からない。国内になればさらにメモ帳の体をなしていない。
それでも最近のデジタルカメラではフィルムと違い、日付やデータが記録されていて、それを頼りに思い出すことも多い。今はどうしても分からなければ、インターネットで検索すればほとんどのことについて、細かく情報を得ることができる。しかしネットで得る情報は単に情報だけであり、自分の目で得た情報ではない。
写真を撮ることは自分の視点でテーマや中身の構成がしっかり骨組みされなければならない。
山形県酒田市の土門拳記念館には多くの作品の展示とともに、メモ帳に関するコーナーがある。世界的写真家、土門拳(1909~90)はメモ魔だった。「報道カメラマンなら当然」が口癖で、酒席でも他人の話をメモした。古寺、古窯跡など数十冊が残る。「すべてが鞄の大きさに見合った特注品で、絶えず持ち歩き、仏像や器の特色、寸法などのほか、気に入れば図解、彩色までした」とある。見習うことは多い。

20120815

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のどかな風景

石川県・穴水町 2012.7.18

のどかな風景といったものがある。のどかという言葉の中には、自然が豊かで生活の中にうるおいをもたらす風景というものがあろう。
高度経済成長で日本の風景は大きく変わった。都市にも地方にもコンクリートの建物が建ち並び、山が削られ、高速道路や林道が開発され、山深い地方はトンネルで結ばれ、田舎の生活も大きく変化した。日本の歴史上、ここ40~50年の変わりようは過去にも、これからもないだろう。
私のたかだか70年足らずの人生でこんなに多くの物を見られたことは幸か不幸か分からない。能登半島に車を走らせてからでも40年以上が過ぎた。私の住む五箇山が”陸の孤島”と呼ばれていた頃、能登もまた秘境であった。道路は土埃がたち、街並みは低く、静かなたたずまいであった・
人々は自然と共に生き、物を大切に使い、たくさんの家族と地域との強い絆で守られていた時代であった。しかしながら、食べ物は十分ではなく、着るものも少なくようやくテレビや洗濯機が普及しようとしていた頃でもあり、国民が皆、豊かな生活を求めて懸命に働いていた。
結果、多くの物を得て生活は豊かになった。一方で、今、改めて社会を見つめるとたくさんのものを失い、取り返しのつかないものも多い。今さらどうにもならない。
道路もほとんど舗装されているから、どんな地方であっても車で走るのは快適である。生活も中身は都市とほとんど変わらない。地方の風景は変わった。のどかな風景に出合うこともめったにない。

20120718

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水路が生きる日本の原風景

石川県・穴水町 2012.5.16

日本が世界に誇れるものに豊かな自然がある。政治や経済などは国際競争社会の中で浮き沈みがあるものの、自然だけは人間の力ではどうなるものでもない。それでも世界中でうらやましがられるおいしい日本の水も中国資本が買い求めようとしているらしいから安心できない。
日本ではどこでも生水が飲めるものと思われているが、中国では生水は飲めないものと思った方がよい。そんな我が国でもヨーロッパからミネラルウォーターが輸入されていると聞くとわびしくなる。
話はさかのぼり、江戸の古地図を見ると、細かく水路が張り巡らされている。物の運搬や防火の役目を果たしたのだろう。しかし時代劇でよく見る柳並木の風情も今は町並み保存の地区でしか見ることができない。
約30年前「柳川堀割物語」という6時間以上に及ぶ福岡県柳川市の水郷を舞台にした記録映画を見る機会があった。かつての柳川は悪臭のため水路のほとんどが埋め立てられ、残った水路は水の流れもなく厄介者になった。そこで昔の風情ある水郷・柳川を取り戻そうと当時の市職員が奮闘。水路には悪臭がなくなり、水が流れ、人々が水郷の生活を取り戻すまでを記録していた。幾度かその後の柳川をテレビで見て、原風景を取り戻そうという思いを成し遂げる人間の意志の力を見たような気がする。
能登半島の中ほどに穴水町がある。町中の一角に水路があり独自の風景を見ることができる。地方の水路を復活すれば後世の大きな遺産となるだろう。

20120516

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バス停のような無人駅

青森県・驫木 2012.4.11

人間はいつごろから旅に出るようになったのだろうか。日常を離れて見知らぬ地で新たな発見をしたり、心のリフレッシュなど、旅の楽しみは無限である。神社仏閣巡り、山歩き、最近は道の駅のガイドブックもあるなど、何が目的か分からない旅もある。
昔から人気の高いものに鉄道がある。私が37、8年前、富山市でカメラ店を営んでいた時、近所に夜行電車で鉄道の旅に夢中だった小学5、6年生の男の子がいた。今は有名なチェロ奏者だが、当時は写真を撮ってはフィルムを店に持ってきたものだ。
その後、有名なディスカバリージャパンのキャッチフレーズで旅は一気に一般のものになった。鉄道も新幹線を中心に新型車両が導入され、ファンは過熱するばかり。今では女性ファンも増えて「鉄子」という流行語も生まれた。
秋田県能代市と青森県五所川原市を結ぶJR五能線も人気の高いローカル線だ。日本海や国道101号と平行して北上する沿線には、日本の原風景が広がり、高度成長の恩恵にあずからなかった地方の現実が見え隠れする。沿線には世界自然遺産の白神山地や黄金崎不老不死温泉もある。
中でも鉄道ファンに有名なのが驫木駅である。4、5坪ほどのバス停のような無人駅で、電車は2~3時間に1本ほどしか停車しない。次に電車の到着を待つ鉄道ファンは、本当の旅の達人であるとも思う。冬の日本海が荒れ、白波を立てている。

20120411

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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