古き良き時代 今に

島根県・石見銀山遺跡 2010.5.14

法隆寺、姫路城などが日本で最初の世界遺産に登録されて17年。その後、文化、自然遺産は全部で14になった。最初は順調に登録されていたが、世界遺産の総数も800を超え先進国よりもアフリカや未登録の国の遺産登録に向かっているようだ。
国内では平成19年、登録が延期されるのではと言われていた島根県の「石見銀山遺産とその文化的景観」があっさり登録されて翌年、確実視されていた岩手県の「平泉、浄土思想を基調とする文化的景観」が見送られたまま現在に至っている。
世界遺産を一番望むのはもちろん地元ではあるが、その次が観光業者であろう。世界遺産登録で一気に観光客が増えるのはマスコミ情報の力が大きいことはもちろんだが、裏で支えているのが観光業者だからだ。登録と同時に世界遺産の名前だけで多くのツアー客を送り込んでくる。
国や県は登録までは積極的に力を貸すが、登録されれば遺産の保護よりは観光優先となる。特に最近は格安ツアーが中心で、金も使わない質より量の観光になった気配である。
私の旅の行き先は、ほとんどツアー客はいない、静かで文化や自然の中に生きている所ばかりだ。写真を撮る撮らないは別にして、自分の眼で豊かな日本を見つけることが旅の楽しみではないかと思っている。
世界遺産・石見銀山の銀鉱石の積み出し港としてにぎわった沖泊(おきどまり)のすぐ近くに温泉津(ゆのつ)温泉がある。古き良き時代を今に伝える町並みは静かで風情あるたたずまいだ。

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簡単に出合えない

番外編・富士山 2010.4.14

今月は番外編で富士山を取り上げる。日本で一番写真に撮られ、大人から子どもまで絵が描ける。それだけ身近な山、富士山に3月初め、山梨県の富士五湖側から見てきた。
地元の人の話では今年は例年より天気が悪く、なかなか顔を出さないらしい。その時も初日は残念ながら厚い雲に覆われて見えなかった。それでは、と山中湖にある個人の写真ギャラリーを見に行った。本人は地元のアマチュアカメラマンと富士山の話で盛り上がっており、仲間に入れてもらった。
若いときはアメリカで肖像中心のカメラマンをしていて、オーソン・ウェルズやマイケル・ジャクソンなど多くのスターを写していたとのこと。帰国後富士山に魅了され、ギャラリーまで開いたという彼の人生を、四季の富士山の写真を背に聞いた。
次に河口湖美術館で全国から募集した富士山の写真を見に行く。新聞紙見開き大のカラー写真が100点。美しすぎる。
そして富士山といえばこの人、岡田紅陽写真美術館へ向かった。白黒写真の圧倒的な力はカラーでは味わえない。さすが富士山の第一人者。写真からは山の偉大さ、その時代の日本の風土や風景、多くの物が語りかけてくる。写真はこうでなくちゃ、と先人に頭が下がる。
2日目の午後、雲の切れ間から雪を頂いた富士山が顔を出した。簡単に合えないからこそ、より強さを感じられるのも魅力の一つだろう。
写真は河口湖美術館近くから見た富士山。

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海は神秘な世界

秋田県男鹿市 2010.3.10

旅の楽しみの一つに水族館めぐりがある。山生まれの私が初めて海を見たのは中学1年生の時。林間学校で海水浴に出かけた時だった。当時、米が自由に手に入らない時代で、米を持参したのを覚えているが、海の印象は大波に乗り楽しかったことぐらいしか記憶にない。
その後、特別に海を意識してきたわけではないが、昭和50年頃、最初の写真展のテーマが「富山新港」だったりで、海に心動かされるものがあるのだろう。
1日たりとも空を見上げない日はないから、地上の出来事や四季の移り変わりは何となく分かっている気でいる。それに比べて海の中の世界は見たこともなければ、これからも自分の目で見ることはまずないだろう。
水中カメラマンの写真は、海の生物の世界がきれいに写されているが、現実はすごいドラマが毎日繰りかえられているのだろう。一方、水族館の水槽の世界は誠に平和で争いごとはほとんどない。現実の海中の世界とは違うものだ。それでも水族館には年々大型の水槽が現れて、何万匹もの大小の魚が悠然と泳ぐ姿を売り物にしていて、見ていると時間がたつのも忘れる。
小さな水槽に黙々と上下している「タツノオトシゴ」とかクラゲを見ていると、海中の神秘な世界、人間が侵すことのできない世界があるように思う。気候変動が叫ばれている今、これ以上地球を汚さないことを切に感じることである。
写真は「男鹿水族館GAO」で。

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「何、これ」建造物

秋田市立体育館

旅の途中、時々オヤと思うものに出合う。今まで見たこともないもの、その土地になじまないもの、何でこんなものが、と思わせる出合いは、旅の面白いところであり、考えさせられる点でもある。
変わらないでほしいもの、変わらねばならぬもの、変わってほしいものなど、人それぞれ思いは違う。地方といえども何も変わらないままでは進歩はないが、よそ者がとやかく言うものではないとも思っている。
国道7号を秋田市内に車を走らせていると、建物の間に異様な物体が見え隠れする。車で近づくにつれ、大きな物体が正体を現すと「何、これ」と思わず叫んでしまう。聞けば秋田市立体育館という。今まで目にしてきた交響の体育館のイメージとは違い、並外れて大きく独創的だ。
1994年の完成とあるから、日本がまだ豊かだった時代の産物と言えよう。私には理解できないが、目の前に存在するということは多くの市民の支持を得た証拠だろう。
今までも宗教団体の建造物が話題になったことがある。しかし宗教団体と公共の建物とは本質的に目的は大きな違いがある。あのころは国も地方も金があったから建ったというのではさみしい。
日本海を旅しているとカメラを向けたい時も、その逆もある。現実に目の前の光景が21世紀の今を表しているものなら、シャッターを押したくなくても、押すことにしている。
この写真は現在を写してはいるが、時がたてば別の面を発見させてくれるだろう。

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町全体が城のよう

島根県出雲市

私が写真を職業としていたころ、カメラと言えばフィルムの時代だった。それから15年。プロの仕事の大部分がデジタルカメラにより記録されている。フィルムにこだわっているプロの人たちはほんの少数になった。
一方アマチュアの世界では、ベテランやコンテストにこだわっている人たちにフィルムにこだわり派も少なくない。そんな人たちはフィルムの表現がいかに優れているか、デジタルはまだまだ遠く及ばないと主張する。面白いのは、フィルムにこだわっている人たちのほとんどはデジタルを経験していない。
フィルムの表現は百数十年をかけて完成したのに対し、デジタル技術は電気製品の進歩に伴い急速に発展し、現代社会に欠かせないものになった。その技術がカメラに応用され使用者が追いつかない速さで進んでいる。
フィルム表現とデジタル画像の表現はそれぞれ異なるもので、特徴や良さは比較できるものではない。それぞれの良さを見つけて楽しむものだと思う。
私は6年前にフィルムで個展を開いた。現在デジタルカメラだけで日本海写真の旅を続けている。年末に「日本海、写真の旅ー竜飛岬から下関まで」の写真展を開く。インクジェットプリントは初めてだ。フィルム派もデジタル派も写真展の感想を聞かせてほしい。今から楽しみだ。
写真は島根半島・出雲市小伊津町。日本海に面して200軒ほどの家が建っている。上から見ると町全体がお城のように見える美しい景観だ。

池端滋「日本海、写真の旅ー竜飛岬から下関まで」展は12月17日(木)~21日(月)、富山市新総曲輪の県民会館2階ギャラリーBで開催。開場は午前9時(初日は正午から)~午後6時。ここ5年間に撮りためた作品の中から約200点を展示。入場無料。

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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