海は神秘な世界

秋田県男鹿市 2010.3.10

旅の楽しみの一つに水族館めぐりがある。山生まれの私が初めて海を見たのは中学1年生の時。林間学校で海水浴に出かけた時だった。当時、米が自由に手に入らない時代で、米を持参したのを覚えているが、海の印象は大波に乗り楽しかったことぐらいしか記憶にない。
その後、特別に海を意識してきたわけではないが、昭和50年頃、最初の写真展のテーマが「富山新港」だったりで、海に心動かされるものがあるのだろう。
1日たりとも空を見上げない日はないから、地上の出来事や四季の移り変わりは何となく分かっている気でいる。それに比べて海の中の世界は見たこともなければ、これからも自分の目で見ることはまずないだろう。
水中カメラマンの写真は、海の生物の世界がきれいに写されているが、現実はすごいドラマが毎日繰りかえられているのだろう。一方、水族館の水槽の世界は誠に平和で争いごとはほとんどない。現実の海中の世界とは違うものだ。それでも水族館には年々大型の水槽が現れて、何万匹もの大小の魚が悠然と泳ぐ姿を売り物にしていて、見ていると時間がたつのも忘れる。
小さな水槽に黙々と上下している「タツノオトシゴ」とかクラゲを見ていると、海中の神秘な世界、人間が侵すことのできない世界があるように思う。気候変動が叫ばれている今、これ以上地球を汚さないことを切に感じることである。
写真は「男鹿水族館GAO」で。

169_69942

入館案内

「何、これ」建造物

秋田市立体育館

旅の途中、時々オヤと思うものに出合う。今まで見たこともないもの、その土地になじまないもの、何でこんなものが、と思わせる出合いは、旅の面白いところであり、考えさせられる点でもある。
変わらないでほしいもの、変わらねばならぬもの、変わってほしいものなど、人それぞれ思いは違う。地方といえども何も変わらないままでは進歩はないが、よそ者がとやかく言うものではないとも思っている。
国道7号を秋田市内に車を走らせていると、建物の間に異様な物体が見え隠れする。車で近づくにつれ、大きな物体が正体を現すと「何、これ」と思わず叫んでしまう。聞けば秋田市立体育館という。今まで目にしてきた交響の体育館のイメージとは違い、並外れて大きく独創的だ。
1994年の完成とあるから、日本がまだ豊かだった時代の産物と言えよう。私には理解できないが、目の前に存在するということは多くの市民の支持を得た証拠だろう。
今までも宗教団体の建造物が話題になったことがある。しかし宗教団体と公共の建物とは本質的に目的は大きな違いがある。あのころは国も地方も金があったから建ったというのではさみしい。
日本海を旅しているとカメラを向けたい時も、その逆もある。現実に目の前の光景が21世紀の今を表しているものなら、シャッターを押したくなくても、押すことにしている。
この写真は現在を写してはいるが、時がたてば別の面を発見させてくれるだろう。

44531

入館案内

町全体が城のよう

島根県出雲市

私が写真を職業としていたころ、カメラと言えばフィルムの時代だった。それから15年。プロの仕事の大部分がデジタルカメラにより記録されている。フィルムにこだわっているプロの人たちはほんの少数になった。
一方アマチュアの世界では、ベテランやコンテストにこだわっている人たちにフィルムにこだわり派も少なくない。そんな人たちはフィルムの表現がいかに優れているか、デジタルはまだまだ遠く及ばないと主張する。面白いのは、フィルムにこだわっている人たちのほとんどはデジタルを経験していない。
フィルムの表現は百数十年をかけて完成したのに対し、デジタル技術は電気製品の進歩に伴い急速に発展し、現代社会に欠かせないものになった。その技術がカメラに応用され使用者が追いつかない速さで進んでいる。
フィルム表現とデジタル画像の表現はそれぞれ異なるもので、特徴や良さは比較できるものではない。それぞれの良さを見つけて楽しむものだと思う。
私は6年前にフィルムで個展を開いた。現在デジタルカメラだけで日本海写真の旅を続けている。年末に「日本海、写真の旅ー竜飛岬から下関まで」の写真展を開く。インクジェットプリントは初めてだ。フィルム派もデジタル派も写真展の感想を聞かせてほしい。今から楽しみだ。
写真は島根半島・出雲市小伊津町。日本海に面して200軒ほどの家が建っている。上から見ると町全体がお城のように見える美しい景観だ。

池端滋「日本海、写真の旅ー竜飛岬から下関まで」展は12月17日(木)~21日(月)、富山市新総曲輪の県民会館2階ギャラリーBで開催。開場は午前9時(初日は正午から)~午後6時。ここ5年間に撮りためた作品の中から約200点を展示。入場無料。

53131

入館案内

土地代表する鮭

新潟県・村上市

新潟県北部に位置する村上市は、山、川、海と自然環境に恵まれた地で、かつての城下町である。
今から約230年前、三面(みおもて)川の鮭(さけ)漁が年々不漁になり、深刻な問題をもたらしていた。時の村上藩士、青砥武平次(あおとぶへいじ)は「鮭は生まれた川に帰るのではないか」と考え、三面川を鮭の産卵に適した川に変えようと大工事を行う。前例のない試みは30年にも及び、見事に鮭の増殖事業に成功するのである。
この歴史的成功で、村上市では鮭を「土地を代表する魚」という意味で「イヨボヤ」と呼ぶようになる。鮭料理は武家や町人により工夫伝承され、今では百種類以上にものぼる。村上の鮭の値段は、日本の鮭の価格を決めるともいわれる。
また村上市は「むらかみ町屋再生プロジェクト」と称して町屋の再生と景観を整えることで町の活気を取り戻そうとしている。この市民運動が数年前にスタートし、成果を上げて全国に名前を知られるようになった。9月の屏風祭り、3月の人形さま巡りなどの町屋巡りは多くの観光客を集め、今では年間30万人にもなるという。地方の町がさびれる中で、立派としかいいようがない。
村上の鮭は頭を下に、腹は一部を残して開き、鮭に切腹させない伝統的な製法で知られている。鮭がつるされた撮影は「味匠 きっ川」(きは七が3つの漢字)で許可を得た。フラッシュ無しで、デジカメの利点のASA感度をめいっぱい上げて雰囲気のある写真を撮ることを心がけたい。

25071

入館案内

刻々と変化する光

福井県・若狭町

山育ちの私は海に強くひかれる。その数ある魅力の中でも、複雑に入り組んだ海岸線は、自然の造り出した最大の美だと思う。残念なことに富山湾の海岸の造形は変化が少なく単調だ。
早朝、太陽が昇ると光は地上すべてのものに命を与えるがごとく輝きを放つ。刻々と変化する光は、生き物のさまざまな顔を映し出し、雑草までもが自己主張する。夕景の光も一日の終わりにふさわしく静かで、厳かだ。
夜景の写真を撮るならば陽が落ちて暗くなるまでのほんの一瞬がチャンスだ。自然の光と人間の作り出した人工の光が交差するわずかな時間、4,5分しかない。写真を撮る者は朝と夕が一番大切な時間と思った方がいい。撮影に出かける朝は日の出ごろ着くように時間を逆算して家を出る。夜中の2時とか3時、子どもの遠足と同じで早く目が覚めて眠れないものだ。
福井県の若狭の海は国定公園に指定されている。日本海に突き出た半島に小さな無数の湾が変化をつける。車で走っていると迷路に迷い込んだようで、方向を見失ってしまう。元の場所に戻ってしまい、苦笑いしたこともある。
この時も三方五湖の周辺を走っているつもりが美浜町の海岸に出てしまった。夕方の海岸には人影もなく、と思ったのに若い2人の女の子がギターを練習している。話しかけたら気さくに話してくれる。今時の若い2人は写真にも興味があり、撮影を忘れるぐらい盛り上がり楽しい時間を過ごした。

mainichi091014

入館案内







ホームへ戻る


おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


おやじの今月の一枚
相倉の四季