自然と人 共存の風景

石川県・輪島市 2016年2月10日(水)版掲載

IMG_2383 (640x427)

私の好きな言葉に「風景は思想である」がある。いつ、どこでこの言葉に出合ったか定かでないが、心の隅にいつも残っている。

美しい日本の四季の風景もいいが、私には何か物足りない。風景プラスその地に住む人たちの匂いのようなものがどこかで感じられるのがいい。風景であり、自然と人間が共存する息遣いとでもいうべきものがほしい。

日本は南北に長く、北と南では気候、風土が違う。昔は、生活や文化に独自の個性を持っていたが、今はそれらもなくなりつつある。それでも春の桜の頃は、南から北まで1ヵ月以上もかけて開花を続ける。日本中どこでも、人々は花に酔い、酒を酌み交わし、自然の恵みに癒され、心豊かになる。自然と人々との長い付き合いで生まれた絆であろう。

田舎に住み、自然との触れ合いが多い生活だと、今の我々よりも、先人たちの方がより心豊かに生きていたように思われる。身近な物たちが長くそばにあっても決して飽きることはなかった。いつもどこかで手の届く所にあり、個性を主張しない。現代では、最初は珍しさはあれど、すぐに飽きて壊れたりする。物に余裕がないように思うのは私だけだろうか。

フィルム時代のカメラと今のデジタルカメラを比較しても、カメラを楽しむというより、機能を小さなカメラに盛り込みすぎて、実際には使わないで終わってしまう。

写真は能登半島、石川県輪島市の名舟白山神社の鳥居。沖に浮かぶ舳倉島から奥津比め神社の神様をお迎えする。御陳乗太鼓の奉納打ちが行われる。私の好きな風景の一場面である。

入館案内

ペットと平和な日本社会

新潟市 2015年12月9日版掲載

203_0320 (640x427)

昨年12月のこのコーナーで、我が家の愛犬だった「凜」について書いた。生まれて1カ月、ぬいぐるみのようにかわいい「凜」が来てからの14年5カ月、彼女は家族の一員であり、1日1日が充実していた。

さようならして1年が過ぎても、想いがより強くなるばかりで、不思議なものだ。

以前は、愛犬家や愛猫家の思いやエッセーを呼んでも、半分以上は作り話だろうと思っていた。しかし今は、書いてあることは筆者の本心であり、うそ偽りのない本当の気持ちであろうと納得できる。

町の本屋さんには、犬や猫の写真集がコーナーいっぱいに並んでいる。日本ばかりか海外の街角にもカメラは入り、世界中で犬や猫が人間社会に平和な生活をもたらしているのが分かる。

ペット産業も50年前ほどはなかったと思われるが、今は急成長している。餌も国産から輸入物まであり、医者はもちろん、ペットと一緒に泊まれるホテルや、医療保険まで存在している。

少しばかり昔、家族が大勢いた時代、家の中は子供でにぎわい、ペットはマイペースで居場所を確保していた。今は人間社会で飼い慣らされて本来動物が持つわがままで自由な姿は、変化しているように感じる。私の旅の中でも犬や猫に会わないわけではないが、写真にほとんど登場してこない。その理由は、人間社会の方が面白くて好きだからだろう。

今月の写真は新潟市のはずれの小川に、コンクリートで固められていない舟だまりがあり、撮影ポイントを探していると、白と黒のしっぽを立てた可愛いペアが現れた。私にしては珍しい猫の一枚である。

 

入館案内

歴史ある朝市

新潟県・上越市 2015年10月14日版掲載

IMG_9425 (640x427)

田舎生まれの私が、初めて”市場”に出合ったのは、大阪だった。半世紀も昔の話で、街中至る所に市場が存在していた。生鮮野菜から魚、肉、日用品まで何でもそろっていて、今で言えばスーパーマーケットのようなものだったかもしれない。個人商店の集まりで、大阪名物のお好み焼きの店も構えていた。

高度経済成長が始まり、町も変わり、人情味ある土地に根付いていた店や町も消えてしまった。富山駅前にもかつて、戦後の闇市の雰囲気を色濃く残し、市民の台所でもあった市場があったが、大型再開発ビル建設に伴い、取り壊された。今年に入ってからも再開発で駅前の古い飲食街が次々と消え、名所がまた一つなくなった。

金沢市の近江町市場は、北陸新幹線開業で、連日観光客が押し寄せて、地元の人たちが買い物に不便を感じているという。一方、秋田駅前の市民市場は改築するにあたり、木材を使った2階建ての温かみのある建物にしたため、市民にも好評で、観光客も増えて成功していると聞き、昼食を食べてきたこともある。

高山や輪島の朝市もほとんど観光客が支えているようで、朝市といってもさまざまなようだ。

新潟県上越市には、二・七の市、三・八の市など歴史ある朝市が定期的に開かれている。売る人も買う人も顔なじみの地元民で、地方都市の人々の交流と生活が生きている。私がススタケの缶詰を買った店の隣のシートの上には「熊の油」、その横には「まむし酒」と普段目にしないものが並んでいた。親父さんは「病気をしたり、高齢化で店を出さない人が増えていて寂しい」と話していた。

いずれなくなってしまうようで、話を聞いていても寂しいばかりだ。地方の形が急激に変わろうとしている。

写真は二・七の市。

入館案内

日本らしい日本 

山口県・萩市 2015年9月9日版掲載

178_7818 (640x427)

北陸新幹線の開業で、富山、金沢は東京がずいぶん身近になった。石川県から青森県まで県都には新幹線が開通したことになる。

福井県までは2023年春ごろまでに開業する計画だが、鳥取や島根など山陰地方はまだまだ先のようだ。

日本は地形上、飛行機よりも鉄道の方が身近で便利に感じる。便利になることはいいことだが、その反面、不便になることもある。新幹線効果ばかり報道されるが、関西方面へ行くのが不便になったことや、高岡では在来線の駅と新幹線駅が別々になってしまったこと、それに伴って駅前商店街が将来どうなってしまうのか、など気になることがいくつもある。数十年も前から新幹線を熱望しながら、いざ実現してみれば、新たな問題も生まれるのである。

鳥取や島根にも新幹線の開業を願っている人たちも多いだろう。新幹線が走れば経済効果をもたらすだろうし、観光客もどっと押し寄せて来る。砂丘には人々があふれ、松江城の遊覧船乗り場には長い列が出来、出雲大社のさい銭箱はさい銭の音が鳴りやまないだろう。

しかし、今でも山陰を訪れた観光客は、人々の優しさや自然、歴史に心をときめかせ、かつて大陸との玄関口が日本海だったことを知る。

山口県の萩市は県都ではないが、それ以上に観光地として名前が知られている。萩は静かな風情のある城下町だ。保存地区の「萩城城下町」は、今も歴史が普段の顔をして、人々の生活の一部となっている。萩や松江のような町は太平洋側には見られない。日本らしい日本をもっと見つめ直して伝えていかないと、日本の伝統や文化は博物館にしか残らない。前に進むだけが成長ではないだろう。

写真は萩市保存地区。

入館案内

海は未知の世界

石川県・能登島 2015年8月16日版掲載

IMG_9266 (640x427)

私が初めて海を見たのは中学1年生の夏、林間学校に参加した時だ。当時、米は配給制で、3泊4日に1升の米をリュックに詰めて参加したのはもう60年も前になる。

初めての海は、荒れた日には大きな波が打ち寄せ、今まで見たこともない自然のエネルギーに感動したものだ。宿泊した民家では、蚊帳をつり、手押しの井戸ポンプの水で顔や体を洗った。数々の初めての体験を、今も思い出すことがある。

山育ちの私は、今も旅の途中で水族館があると、何となく入りたくなる。陸上と違って、海の中の世界は、簡単には覗くことができない未知の世界だ。

今年の春ごろ、水族館のイルカの入手方法がニュースになった。和歌山の伝統漁法が、イルカにストレスを与えるからとの理由で国際機関から批判を浴びた。結局、日本動物園水族館協会は、そのような方法で捕獲されたイルカを買わないことにしたという。

先日、石川県ののとじま水族館に行ってきた。夏休み前の平日で、人出も少なく、朝一番の館内は静かだった。それでも10時からのイルカショーの時間にはどこからともなくアベックや孫を連れた家族連れが集まって来て、ショーを楽しみにしているのが伝わって来た。ペンギンの行進もあり、大きな水槽には巨大なジンベイザメなど海の生き物が休むことなく泳ぎ続けている。

水族館では見た目には海の生き物と人間の関係がうまくいっているように見える。しかし見方を変えれば人間が悪知恵をえさを与えたりすることで支配しているようにも思える。人間と自然界の関係はいつも危ういところで成立している。水族館の生き物には危険もなければ自由もない。写真はのとじま水族館。

入館案内
3 / 1712345...10...最後 »







ホームへ戻る


おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


おやじの今月の一枚
相倉の四季