旅のかたち 様変わり

青森県・竜泊ライン 2016年4月13日版掲載

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昨年3月、北陸新幹線の長野―金沢間が開業してから1年が過ぎた。富山の観光地も金沢の街も予想以上の賑わいを見せている。私はいまだに乗車の機会を得ていないが、富山から東京まで2時間少々という時間は目的地に早く着きたい人たちにとっては大きな魅力だ。中には早過ぎて車窓風景を楽しむ時間もなかったという感想を漏らす人もいて、面白い。

私が18歳で上京した五十数年前は、五箇山・相倉からバスや冬季は庄川を船で下り、城端線を乗り継ぎ、高岡から夜行の汽車に乗り翌朝上野駅に着く長時間の旅だった。当時、普段は旅行客も少なかったが、盆と正月の帰省客だけは異常に多い時代。汽車は通路からデッキまで超満員で便所に行くにも覚悟がいったものである。これだけは写真や文章でどれだけ説明しても、経験した者にしか理解できないだろう。

その後、東海道新幹線が走り、日本は高度経済成長を続け、国民はそれ以前の日本を忘れようとしている。

今年3月には北海道新幹線が開通した。今のところ北海道の玄関までの開通で、札幌まではあと十数年かかるようで、まだまだ先のことのようだ。北陸新幹線も大阪までは、まだまだ先のことで、いつになるやら分からない。

今や、旅は飛行機や新幹線で目的地に早く着き、そこからバスやレンタカーでゆっくり回るのが主流らしく、各地の道の駅では最近、時間と金がある高齢者の利用者も増えているらしい。旅の目的が人それぞれ違い、個性も見えるいい時代なのだろう。

写真は青森県の竜飛岬から小泊までの竜泊ライン。まだ9月半ばなのに、ここまで来る車の数は少ない。冬季は雪と凍結のため閉鎖される。北国の冬は厳しい。

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300キロ 春を告げ歩く

石川県・羽咋市 2016年3月9日版掲載

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私の住む相倉集落は、世界文化遺産に登録されている。世界各地から毎日多くの人たちが訪ねて来る。

ここ2,3年はアジア地域の観光客が増えて、賑やかなことだ。観光客のマナーなどがマスコミなどで社会問題にもなっているが、私が言いたいのは、日本人のマナーはどうなのか、ということだ。アジア系の観光客は、文化や歴史、習慣の違いが問題を起こしているが、それらの人たちは全体の観光客の中のわずかでしかない。

さらには、団体行動で初めての日本旅行ではなく、日本が好きで幾度も日本を旅している人たちの中には、日本人よりも気遣いのある人もたくさんいる。

一方の日本人はどうかというと、家族やグループは別にして、団体旅行者の中には、昼間から酒を飲み、大声で他人の迷惑など気にしない輩もいることを認識すべきだ。カメラ愛好者の中にも、大人数になると大型バスで朝早くから押しかけ、生活の場である集落内を大声で歩き回り、路上に三脚を立て車が来ても動かず、一般の見学者がカメラを避けるように通行している。

観光地におけるマナーの悪さは、アジア系の人たちばかりではなく、日本人もひけをとらない。私が思うに、個人個人は気を引き締めていても、団体になると急に気が緩み、節度がなくなるのは、どこの国も同じではないかと。

私は写真撮影が目的の旅ではいつも一人なので、朝な夕な自由に歩き回れる。夕食などは一人で寂しい時もあるが、それ以上に自由だ。一人旅は楽しい。各自好きなこと、例えば写真を撮り、絵を描き、歌を詠み、そして夜は土地の酒を飲む。旅が上手になれば、きっと何ごとも上達するだろう。

写真は、春を告げる能登國一宮気多大社の平国祭でおみくじの売り子2人。3月18日から5泊6日で300㌔を歩く。雨の日もある。

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自然と人 共存の風景

石川県・輪島市 2016年2月10日(水)版掲載

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私の好きな言葉に「風景は思想である」がある。いつ、どこでこの言葉に出合ったか定かでないが、心の隅にいつも残っている。

美しい日本の四季の風景もいいが、私には何か物足りない。風景プラスその地に住む人たちの匂いのようなものがどこかで感じられるのがいい。風景であり、自然と人間が共存する息遣いとでもいうべきものがほしい。

日本は南北に長く、北と南では気候、風土が違う。昔は、生活や文化に独自の個性を持っていたが、今はそれらもなくなりつつある。それでも春の桜の頃は、南から北まで1ヵ月以上もかけて開花を続ける。日本中どこでも、人々は花に酔い、酒を酌み交わし、自然の恵みに癒され、心豊かになる。自然と人々との長い付き合いで生まれた絆であろう。

田舎に住み、自然との触れ合いが多い生活だと、今の我々よりも、先人たちの方がより心豊かに生きていたように思われる。身近な物たちが長くそばにあっても決して飽きることはなかった。いつもどこかで手の届く所にあり、個性を主張しない。現代では、最初は珍しさはあれど、すぐに飽きて壊れたりする。物に余裕がないように思うのは私だけだろうか。

フィルム時代のカメラと今のデジタルカメラを比較しても、カメラを楽しむというより、機能を小さなカメラに盛り込みすぎて、実際には使わないで終わってしまう。

写真は能登半島、石川県輪島市の名舟白山神社の鳥居。沖に浮かぶ舳倉島から奥津比め神社の神様をお迎えする。御陳乗太鼓の奉納打ちが行われる。私の好きな風景の一場面である。

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ペットと平和な日本社会

新潟市 2015年12月9日版掲載

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昨年12月のこのコーナーで、我が家の愛犬だった「凜」について書いた。生まれて1カ月、ぬいぐるみのようにかわいい「凜」が来てからの14年5カ月、彼女は家族の一員であり、1日1日が充実していた。

さようならして1年が過ぎても、想いがより強くなるばかりで、不思議なものだ。

以前は、愛犬家や愛猫家の思いやエッセーを呼んでも、半分以上は作り話だろうと思っていた。しかし今は、書いてあることは筆者の本心であり、うそ偽りのない本当の気持ちであろうと納得できる。

町の本屋さんには、犬や猫の写真集がコーナーいっぱいに並んでいる。日本ばかりか海外の街角にもカメラは入り、世界中で犬や猫が人間社会に平和な生活をもたらしているのが分かる。

ペット産業も50年前ほどはなかったと思われるが、今は急成長している。餌も国産から輸入物まであり、医者はもちろん、ペットと一緒に泊まれるホテルや、医療保険まで存在している。

少しばかり昔、家族が大勢いた時代、家の中は子供でにぎわい、ペットはマイペースで居場所を確保していた。今は人間社会で飼い慣らされて本来動物が持つわがままで自由な姿は、変化しているように感じる。私の旅の中でも犬や猫に会わないわけではないが、写真にほとんど登場してこない。その理由は、人間社会の方が面白くて好きだからだろう。

今月の写真は新潟市のはずれの小川に、コンクリートで固められていない舟だまりがあり、撮影ポイントを探していると、白と黒のしっぽを立てた可愛いペアが現れた。私にしては珍しい猫の一枚である。

 

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歴史ある朝市

新潟県・上越市 2015年10月14日版掲載

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田舎生まれの私が、初めて”市場”に出合ったのは、大阪だった。半世紀も昔の話で、街中至る所に市場が存在していた。生鮮野菜から魚、肉、日用品まで何でもそろっていて、今で言えばスーパーマーケットのようなものだったかもしれない。個人商店の集まりで、大阪名物のお好み焼きの店も構えていた。

高度経済成長が始まり、町も変わり、人情味ある土地に根付いていた店や町も消えてしまった。富山駅前にもかつて、戦後の闇市の雰囲気を色濃く残し、市民の台所でもあった市場があったが、大型再開発ビル建設に伴い、取り壊された。今年に入ってからも再開発で駅前の古い飲食街が次々と消え、名所がまた一つなくなった。

金沢市の近江町市場は、北陸新幹線開業で、連日観光客が押し寄せて、地元の人たちが買い物に不便を感じているという。一方、秋田駅前の市民市場は改築するにあたり、木材を使った2階建ての温かみのある建物にしたため、市民にも好評で、観光客も増えて成功していると聞き、昼食を食べてきたこともある。

高山や輪島の朝市もほとんど観光客が支えているようで、朝市といってもさまざまなようだ。

新潟県上越市には、二・七の市、三・八の市など歴史ある朝市が定期的に開かれている。売る人も買う人も顔なじみの地元民で、地方都市の人々の交流と生活が生きている。私がススタケの缶詰を買った店の隣のシートの上には「熊の油」、その横には「まむし酒」と普段目にしないものが並んでいた。親父さんは「病気をしたり、高齢化で店を出さない人が増えていて寂しい」と話していた。

いずれなくなってしまうようで、話を聞いていても寂しいばかりだ。地方の形が急激に変わろうとしている。

写真は二・七の市。

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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