めでたい大社で一枚

島根県・出雲大社 2014.6.11

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私が住む南砺市相倉の合掌造り集落は、世界中から多くの観光客を迎える。30年前には考えられなかったような高級一眼レフカメラを2台も携えた中高年女性からカメラ付きケータイまで、だれでも写真を撮れる時代になった。

私の民宿でも、撮影が目的のカメラ同好会、カルチャー教室の一行、カメラメーカーが後援しメーカー名を冠したクラブまで、写真関係のお客も種々様々である。私が写真を撮ることを知っている人たちがほとんどで、夜は写真談義に花が咲く。

先日も10人の写真クラブ一行が宿泊した。全員が酒を好み、食事中は囲炉裏を囲んで大いに盛り上がった。私も、客と宿主の立場を忘れるぐらい写真の話を楽しんだ。そのうちの1人が「今まで多くの撮影旅行に参加して写真の話をしてきたつもりだが、今日のように写真のことを熱烈に楽しく、各々の写真観を話したことはなかったのではないか」と話した。すると、ほかの数人もいつも出来上がった写真やカメラ機材の話題ばかりで撮影以前の話はなかったと同調した。

全国のアマチュア写真家と言われる多くの人たちは、目の前の被写体をどう撮るかにエネルギーを費やし、コンテストに入賞するような写真を狙う。しかし私が思うに、それでは本当の写真を撮る楽しみが失われているのではないか。本当の楽しみとは、自分の撮りたい写真、自分の見たい世界を写真の中に早く見つけることではないかと思う。

皆と同じスタイルではなく、カメラ1台、レンズ1本で写真を撮るぐらいの気迫と勇気を望みたい。写真は先日、高円宮典子さまとの婚約が内定し、めでたい話題に沸く島根県の出雲大社の大しめ縄と日の丸の旗。

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風力発電、未来を語る

青森県・竜飛岬 2014.5.14

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私は写真を撮りながら民宿を営んでいる。父が始めたもので、父が亡くなった後、切り盛りしていた母も年老いたため、50歳を過ぎてから二足のわらじを履き始めた。

住居でもあり民宿でもある合掌家屋が世界遺産に登録されたこともあり、世界中からお客を受け入れている。民宿は客とじかに接することが多く、囲炉裏を囲んでの会話は本音の声が聞ける。ストレスもあるが、それ以上に多くの人と接する楽しみがある。

先日もオーストリア・ウィーン在住の夫婦が2連泊し、五箇山を楽しんでもらった。ご主人がオーストリア人、奥さんは日本人で、会話に不自由はない。いろいろな話題の中で原発の話に及んだ。オーストリアは原子力発電所を1基建設したものの国民投票で反対が過半数を占め、廃炉になって現在も運転していないという。

日本では東日本大震災後、原発を含めたエネルギー問題が国の将来に向けた大きな課題となっている。しかしながら原発の再稼働に向けての話題が中心で、再生エネルギーの話題は少ないと感じている。風力も太陽光も少しは話題になるがあまり続かない。マスコミも低次元の話題ばかりで国の将来、未来のビジョンを語らない。

ヨーロッパでは日本の原発に大きな関心があり、原発廃炉となれば、大きな尊敬を得るだろうし、再稼働となれば失望し、今までのような信用は失ってしまうだろうと夫婦は語っていた。これは政治の話ではない。人々の日本に対する深く強い想いである。

夫婦の家では日本製のソーラーパネルで自家発電をしているとのこと。写真は青森県竜飛岬の風力発電群。

 

 

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白亜の建物 自然になじむ?

島根県・七類港 2014.4.9

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50年前、私は東京・銀座に勤め住んでいた。今も東京に行くことがあれば銀座周辺に宿を取る。銀座の街は中身は大きく変わってしまったが、古い建物も新しく建ったビルも尊重し合いうまく同居している。このような街は日本のどこにもないだろう。安心して歩ける街は楽しいし疲れない。
ヨーロッパの主要都市も映像で見る限りはケバケバしさはなく、落ち着いた歴史を感じることができる。何よりうらやましいのは外国の都市には広場がある。日本の街にも公園があるが、「ちょっと一息」の気楽さがない。都市も田舎も含め、美しい国、美しい田舎を作るのは国の責任、国民の責任である。
高度経済成長時、国道沿いに歴史や文化とはほど遠い国籍不明の建造物が乱立した。今、それらの建物にかつてのエネルギーや面影は見られない。
島根半島の東部日本海に面したリアス式海岸の一角に七類港がある。風光明媚(めいび)な七類港にある古くから交易が盛んな港で、今は隠岐の島行きの連絡船の出発港である。1995年、多目的施設として白亜のメテオプラザが建った。田舎の港にしては並外れて大きくデザインも異様である。連絡船出発時以外は人影もまばらで、建物の大きさに比べて利用者は少ない。白亜の建物がいつか自然環境になじむことがあるのだろうか。
日本は今、観光立国を目指そうとしている。そのためには日本の一番の売りである自然や文化、歴史、環境を壊さないことである。

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町屋で人形めぐり

新潟県・村上市 2014.3.12

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新潟県の最も北に位置する村上市は、鮭で全国的に有名な城下町である。平成に入り、寂れる町を近代化して再生する計画が持ち上がった。しかし計画の段階で、近代的な町並みになっても活力を得ることはないのではないかという反対意見が住民から出て、伝統的な城下町の町並みの保存と町屋の生活空間を生かした町づくりを求めて署名運動にまで発展。結局、歴史ある町の復活にかけることになった。
建物の正面を町並みに合うよう統一感を持たせ、内部の土間や、囲炉裏、大黒柱、梁に吹き抜け、神棚、仏壇など生活空間を公開し、城下町文化で観光客を誘致する計画が完成。当初は22店舗が参加したが、「ただ内部を見るだけでは何か物足りない」と町屋に伝わる武者人形や土人形、おひなさまを期間限定で展示することで来場者に楽しんでもらうことになった。
最初は約3万人だった来場者も10年以上が過ぎた今は、参加店舗も70軒を超し、3月から4月にかけての開催期間に10万人以上の人々が町並みマップを片手に訪ねてくるようになった。ペコちゃんやウルトラマンから、ウズベキスタンの土人形まで展示されて賑わっている。
台湾や韓国からもツアー客が訪れ、国際的な広がりも見せている。村上市の成功のカギは、住民一人一人の熱意と町屋空間に人形を飾るという城下町の生活文化が生きた形で伝わったことにあるのではないだろうか。今年も「町屋の人形さまめぐり」が4月3日まで開催されている。写真は「味匠㐂っ川」。

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「鳥居の姿」人々を強く

石川県・名舟海岸 2014.2.12

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能登の夏は熱い。能登の夏ともなれば、どこかで太鼓が響き「キリコ」が乱舞する。2月だというのに、夏のことを想うのは理由がある。輪島市の名舟海岸では、毎年7月31日の夜、御陣乗(ごじんじょ)太鼓の音が名舟大祭に集まってくる。夜の日本海をバックに、地元の人々が仮面をかぶり、力強く太鼓を打ち鳴らす。
今からさかのぼること438年前。1576年、越後の上杉勢が、七尾から能登に上陸。名舟の村にも攻め寄せてきた。武器を持たない村人は、古老の指示で木の皮や海藻などで仮面を作り、太鼓を打ち鳴らしながら上杉勢に夜襲をかけた。上杉勢は異様なさまと太鼓の音に怪物の夜襲と思い、戦わずして退散したと伝えられている。村人たちは海上30キロ沖にある舳倉島の奥津姫神の力によるものとし、毎年仮面を付け、太鼓を打ち鳴らしながら氏神への感謝を捧げ、今に至っている。
御陣乗太鼓は石川県の無形文化財指定を受け、能登を代表する伝統芸能として海外公演や能登一円で観光客を魅了している。名舟の海水に洗われながら建つ鳥居は、沖の舳倉島を向いている。
7月の大祭で賑わう海岸も、冬は訪れる人もなく海鳴りだけが聞こえる。強い風を体に受けながら海岸に立っていると、風の音と御陣乗太鼓の音が重なり合うように体の中を駆け巡る。多くの若者や村人たちが波の音を背に太鼓をたたき続けて来たであろうことが実感できる。旅をしていると、社(やしろ)がない鳥居を目にすることがある。鳥居の奥深くの物語もまた、人々を強くたくましくしていくのであろう。

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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