「鳥居の姿」人々を強く

石川県・名舟海岸 2014.2.12

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能登の夏は熱い。能登の夏ともなれば、どこかで太鼓が響き「キリコ」が乱舞する。2月だというのに、夏のことを想うのは理由がある。輪島市の名舟海岸では、毎年7月31日の夜、御陣乗(ごじんじょ)太鼓の音が名舟大祭に集まってくる。夜の日本海をバックに、地元の人々が仮面をかぶり、力強く太鼓を打ち鳴らす。
今からさかのぼること438年前。1576年、越後の上杉勢が、七尾から能登に上陸。名舟の村にも攻め寄せてきた。武器を持たない村人は、古老の指示で木の皮や海藻などで仮面を作り、太鼓を打ち鳴らしながら上杉勢に夜襲をかけた。上杉勢は異様なさまと太鼓の音に怪物の夜襲と思い、戦わずして退散したと伝えられている。村人たちは海上30キロ沖にある舳倉島の奥津姫神の力によるものとし、毎年仮面を付け、太鼓を打ち鳴らしながら氏神への感謝を捧げ、今に至っている。
御陣乗太鼓は石川県の無形文化財指定を受け、能登を代表する伝統芸能として海外公演や能登一円で観光客を魅了している。名舟の海水に洗われながら建つ鳥居は、沖の舳倉島を向いている。
7月の大祭で賑わう海岸も、冬は訪れる人もなく海鳴りだけが聞こえる。強い風を体に受けながら海岸に立っていると、風の音と御陣乗太鼓の音が重なり合うように体の中を駆け巡る。多くの若者や村人たちが波の音を背に太鼓をたたき続けて来たであろうことが実感できる。旅をしていると、社(やしろ)がない鳥居を目にすることがある。鳥居の奥深くの物語もまた、人々を強くたくましくしていくのであろう。

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湾は「天然いけす」

富山県・氷見市 2013.12.11

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今年もあとわずか。12月ともなれば冬支度から新年の準備と何かと忙しい。今年も天候不順で災害の多い年となった。台風や竜巻、大雨など日本全国どこでも発生しているのがここ数年の怖い点である。
北陸の12月も晴れ、雨、雪、雷と日替わりの天候が続く。雷と言えば「ブリ起こし」。富山湾の寒ブリのシーズンも始まった。今年は11月から好調が続き、豊漁が期待されている。
約25年前、定置網漁の船に乗る機会を得た。石川県と富山県の境にある定置網業者で、30人ほどの男たちが4,5隻の船で漁場に向かう。午前4時ごろで周りは真っ暗。わずかばかりのライトの明かりで、手際よく海上で作業が進む。
1,2㍍の波でも初めての船上ではバランスを取るのが精いっぱい。定置網の位置が狭められ巻き上げられると、威勢のいいブリが海面でピチピチ、バチャバ チャと騒々しい。当時カメラはフィルム時代。高感度のフィルムを使ってはいてもライトは暗く、夜の海では早いシャッターは押せない。船は動く、足場は悪 い、仕事の邪魔はできない。そんな条件の中でシャッターを押すしかない。3日連続で船に乗せてもらい、なんとか満足のいく写真を撮影することができた。
今だったらデジタルで感度も自由にコントロールでき、おまけに画像を確認しながら撮影できる。時代の進歩に感謝しなければならない。富山湾はブリばかり でなく、多くの魚が回遊してくる天然のいけす。これからは魚が美味しい季節。国民の魚ばなれ防止に富山湾の魚たちが一役買うことを願う。

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断崖上に世界百選

島根県・地蔵崎灯台 2013.11.13

20131113

出雲は神々の住める国である。旧暦の10月はふつう、神無月と言うが、出雲では神在月と呼ばれている。全国の八百万の神が年に一度出雲大社に集まり会議を 持つ。日本中の上出出雲は大変混雑することだろう。話し合いでは、日本中の男女の縁結びについても話題に上るそうで、出雲大社は縁結びの神様とも呼ばれて いる。
全国の神々が最初に集まる場所が稲佐の浜で、宮司や地元の人たちに迎えられる。大社まで「神々の道」を通り、用意された社でしばらく滞在する。宿泊のための社には、神在月の間だけ戸が開かれているという。
出雲では古代から神話と歴史が入り交じりながら現代がある。古代の出雲大社は33丈(約96㍍)の高さがあったと伝えられている。近年、古代社の土台と目される巨木が発見され、言い伝えが現実味を帯びてきた。
出雲大社は祭神(大国主大神)「だいこく様」と、半島の東端の美保神社は「えびす様」とそれぞれ呼ばれ、全国3000社余ある「大黒様」「恵比寿様」の 総本社でもある。美保神社は出雲大社に比べて参拝者も少なく静かなたたずまいだ。春の「青柴垣神事」、初冬の「諸手船神事」も国護り神話に基づくもので、 氏子が神の代わりとなり国護りを再現している。
神社から歩いてすぐのところに地蔵崎灯台がある。世界の歴史的灯台百選に選定され、断崖の上に立っている。同じ場所に鳥居がある。鳥居の先には日本海が 広がる。海上は「沖の御前地の御前」と呼ばれ、美保神社の祭神「事代主神」(えびす様)が鯛を釣り上げた場所とされている。まっこと出雲は神話と今とを結 ぶ地である。

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豊かな自然に活路を

山口県・角島大橋 2013.10.9

2020年東京オリンピック開催が決まった。前回(1964年)の東京オリンピックの時、私は22歳。東京の写真スタジオに勤めていた。
”東洋の魔女”と恐れられた日本の女子バレーチームが、世界を相手に戦うさまを小さな白黒テレビで見ていた。少しばかり年上の彼女らの勇姿がまぶしく、 そして誇らしかった。スポーツも今ほど日常的に目にする機会は少なく、プロレスや大相撲、プロ野球、ボクシングなど、テレビで見る選手たちは英雄であり、 あこがれだった。
あれから50年が過ぎようとしている。オリンピックと同じ年に東海道新幹線が開通し、東京ー大阪間が3時間で結ばれ、日本は高度成長期に入っていく。少 子高齢化や若者の田舎離れが進み、地方は公共事業で潤いはしたものの、バブル崩壊後の地方は田舎ばかりではなく県庁所在地までも元気がない。日本海側では 特に顕著かもしれない。
今回の20年オリンピック開催決定のニュースは明るい話題には違いなく、マスコミや経済界(大企業)、政治家は大歓迎と言うところだろうが、前の東京オ リンピックの時とは社会状況が大きく違う。今後7年間、関連事業で東京には人も金も集中するだろうが、地方が恩恵に与ることは少ないだろう。
国政でもTPPは話題になっても自国の農業を本気で考える政治家は少ない。日本は面積の約70%が山間地だ。豊かな自然の中にもっと活路を見いだせるの ではなかろうか。写真は山口県の日本海に面した角島と陸地を結ぶ角島大橋。00年完成で全長1789㍍。エメラルドグリーンの日本海沖に一気に車で行くこ とができる。

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秋の風景 稲架掛け

島根半島 2013.9.11

9月の日本列島は稲刈りのシーズン。子どもの頃は、三度の食事はすべて米が中心で、「白い飯を腹いっぱい食べたい」が国民の願望だった。
それから半世紀が過ぎ、パンだ、麺だ、パスタだと食生活が一変し、今では米余り現象。農家では生産調整が計られている。
それでも4月になって田に水が入れば、眠っていた大地が目を覚ます。生き物や植物も活動を始める。里山に住んでいると、この頃の季節が一年で一番さわやかで美しく、心が癒される。
カメラファンも田に水が入った風景を求めて飛び出してゆく。砺波平野の散居村の水田風景は水の上に家が浮いているように見える。里山の棚田の風景も、人間が知恵を汗で作り上げた芸術作品だろう。日本の風土や四季は米作りに最適だと思うし、日本の米は最高に美味しい。米の自由化だ、TPPだと問題はあるにせよ、これからも美味しいお米を食べたいと、日本人ならだれもが望み続けるだろう。
とはいえ、今後の農業の方向性は変わるだろう。子どもの頃、刈った稲は稲架(はさ)掛けされ、それが秋の農村風景の一部だった。稲架掛けは子どもの仕事で、日が暮れるまで手伝ったのを覚えている。今では機械化され、稲架掛けも一部のこだわりの農家にしか残っていない。
島根半島の海沿いでの撮影の帰り、山間地の狭い小さな田で稲架掛けをしていた農家があった。今まで見たこともない形。所変われば方法も変わる。人間のやることは面白い。今、日本列島は実りの秋を迎えている。カメラファンには毎年待ち遠しく、楽しい季節。今年も実りある秋を過ごしたいものだ。

20130911

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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