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大自然と向き合う

山形県・鶴岡市 2011.7.19

日本列島は、南北に長く、それぞれの地が海とのかかわりで多様な文化を生み出し、育んできた。私のように山深い地に住んでいても、子どものころから生魚は食べられなくても塩物や干物で海の幸を食べることができた。
山があり川があり、自然と四季に恵まれていたことを再認識させられたのが、今回の東日本大震災。被災地は陸も海も大きな被害を受け、放射能という目に見えない物体は人々に大きな不安を与え、取り返しのつかない傷跡を残すことになった。漁師は仕事にも就けず、夏だというのに子どもたちは海で泳ぐこともできない。被災地の被害は計り知れない。一つ救いがあるとすれば、世界中の人が日本人の目には見えない人間性を評してくれたことである。これから日本を再生していく中で、自然に恵まれた国土と人々の心が、国の芯にはなければならない。
海沿いを車で走っていると、いけすのような海で小学生の姉と弟が遊んでいる。祖父が浜で食事を作って孫の安全を見守っている。自然は危険が多い。それでも今一度、大自然と向き合って遊びを考え、楽しむことも必要なのではないかと思う。

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地方消滅しないか

富山県・富山市 2011.6.15

旅には乗り物が付き物である。車か電車かバスかいろいろある。出来るなら松尾芭蕉のように歩いて旅するのが理想だが、私の場合はほとんど車である。
たとえば早朝早く青森県へ出発し、その日の家に到着すると3~4日かけて海沿いの道を撮影しながら南下してくる。日本海を北上する時、高速道は新潟県の先でいったん切れる。山形県に入れば山形道が、秋田県には秋田道が部分的につながっている。どの高速道も東京に向かっている。仕事で走るのは不便だが、私のような旅人にはこの方がいろいろ変化があって楽しい。その土地、地方の良さも感じることが多くある。
いつごろからだったか「北陸に新幹線を」と声が上がり、計画はあっても工事着工は遅れた。それでも2014年には金沢ー東京間が開通予定となった。なぜ急いで東京まで行かねばならないか、飛行機があるではないか、いろいろ意見はあった。それでも高度成長のおかげで高速道路は伸び、新幹線は青森から鹿児島までつながったが、これからはそうはいかない。
それ以上に新幹線が開通することで在来線が整理されようとしている。東京へ行くのは早くなっても大阪方面は金沢乗り換えが増えるだろう。日常生活も不便になるのは困る。地方の魅力もなくなる。日本の地方が消滅していかねばよいが。
それにしても人生60数年、何と多くの経験と世の中の移り変わりを見てきたことか。こんな時代はもうないだろう。
写真は富山市の神通川に架かる新幹線工事現場。

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意思伝わる一枚を

青森県・十三湖 2011.5.25

フィルムかデジタルか、白黒かカラーか。写真ファンが集まれば必ずと言っていいほど話題になる。多くの人たちの首から下がっているカメラはデジタルが多く、三脚に高級一眼レフカメラをつけているこだわり人はフィルム派が多い。
私も8年前まではフィルムが中心でデジタルは別物と考えていた。その後デジタル技術は驚異的に進歩し、携帯電話やデジタルカメラは社会を変えたと言っていい。以前はネガカラー、ポジカラー(印刷用フィルム)、白黒フィルムと3台のカメラを必要としたが、今ではデジカメ1台で用が足りる。
それでもフィルム派はなんだかんだとデジタルカメラを受け入れない。だが本当に大切なことはフィルムでもデジタルでもいい自分の意思が写真に伝わる強い写真を撮ることだ。白黒から始めてカラー、デジタルに変わっても表現力の強さは欠かせない。
仕事を離れて写真を撮る時は、その時の気分で機種やフィルムを選ぶことも楽しみの一つである。この「日本海写真の旅」シリーズはデジタルカメラで撮っている。デジタルカラーで撮影し、白黒で出力するが、新聞紙上で最良の効果を出すのは難しい。
私が写真を始めたころ、写真のほとんどが白黒で、当時のカメラマンから心に残る多くの写真を見る機会に恵まれた。デジタルになってシャッターを安易に押しすぎると言われる。今一度、フィルムであれデジタルであれシャッターを押す瞬間を大切にして、一枚一枚に心を込めて写し撮りたいものだ。写真は青森県の十三湖。

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自然や歴史 地方で学ぶ

新潟県・出雲崎町 2011.4.13

東日本大震災が発生した2011年3月11日は決して忘れることのない日になった。3月末時点で死者、行方不明者2万8000人以上と発表されていて、今後どうなるかも分からない。
新潟・中越や能登半島沖地震の何百倍ものエネルギーと、想像を絶する津波、追い打ちをかけるような福島第一原発事故・・・・・・。今まで経験したことのない天災と人災が複雑に絡み合い、復興に向けた見通しすら立たない地域も多い。
「頑張ってください」「応援していますから」という励ましやわずかばかりの義援金が、今まで築き上げてきた財産や家族を突然失った被災者の力になれるのかどうかも分からない。被災によって平和な暮らしを奪われた人たちのことを思うと、いつまでたっても心が晴れない。
私たちはこれら一連の出来事から多くのことを学ばなければならない。世はデジタル時代で、ビデオ、カメラ、携帯電話で撮られた映像は一般の人たちのものだった。一瞬の判断で事実を必死に記録し伝えようとする画面は、プロのカメラマンの映像とは違う力があり、我々見る人の目に焼き付いて離れない。
近ごろテレビから流れる中身のないトークやお笑い番組、政治家の軽さに慣らされていたから、頭をブン殴られた思いだった。
事故後の対応も人間の手に届かない現実に、ただ右往左往しえちるようにも見える。今度こそ現実を真摯に受け入れ、自然や歴史に学ばなければならない。手本は都会ではなく、日本の豊かな地方、田舎にある。写真は新潟県出雲崎町の小さな漁村。ここから遠くない所に東京電力の柏崎刈羽原子力発電所がある。

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人とウミネコの聖地

島根県出雲市・経島 2011.3.9

私たちは日常、食事をしたりテレビを見たりするのと同じように、神社や寺では手を合わせて頭を下げる。特に結婚や年の初めなど、人生の節目には必ず世話になる。
日本人は無宗教とか無信仰とか言う人もいるが、欧米のように一神教の国とは違い、八百万(やおよろず)の神、仏の風土としての歴史がある。明治の初めまでみんな仲良くやってきたのだが、明治初期の神仏分離政策以降、日本人と宗教との関係があいまいになってしまったように思われる。
それでも現代人は、旅ともなれば全国津々浦々の神仏に会いに行く。旅に神社仏閣は欠かせない。また「聖地」と言われる日常とは異なる場所、心ときめく、あるいは心休まる地へと人々は出かけて行く。
その代表的な地、神話の国・出雲地方には八百万の神に会いに、日本全国から人々が訪れる。出雲大社から西へ来るまで20分ぐらいの所に、日御碕(ひのみさき)神社がある。素盞鳴尊(すさのおのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)両神が祀(まつ)られている。
そこからすぐ先の日本海にデンと大きな岩山が座っている。経島(ふみしま)と言い、周囲約300㍍の岩の頂上には小さな社と鳥居が見える。日御碕神社の分社であり、年に一度、宮司が島に渡り、祭り事が行われると聞く。今流にいえば聖地である.経島で有名なのは、日本有数のウミネコの繁殖地として秋から春にかけて五千羽も渡ってくることである。経島は人間にとっても、ウミネコにとっても聖地なのかもしれない。

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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