歴史ある港 今はひっそりと

石川・福浦港
昭和30年、40年代の写真の世界は、白黒写真が中心で、風土や風俗を中心にプロ、アマ問わず土くさい写真が主流をなしていた。そのころ、日本を代表する写真家、木村伊兵衛が「秋田」を、濱谷浩が「日本海」をテーマに発表。「裏日本」と言われていた日本海側の農漁村の自然と厳しい生活環境が、グラフ誌や週刊誌の写真を通して、都市でも知ることができるようになった。
当時、アマチュアカメラマンは会社の写真クラブや町の写真やさんが主宰するクラブを中心に活動していた。現代のように手軽にカメラを買えるわけでもなく、望遠レンズやズームレンズも無い時代。カメラ一台、レンズ一本、フィルムも節約して写したものである。家に帰れば、急ごしらえの暗室で引き伸ばし機と格闘しながら写真と取り組んだ。今にして思えば写真の世界が一番楽しくて夢のある時代だったと思われる。
北陸では特に、能登地方の風土や祭りが、カメラマンの願ってもない被写体で、多くの素晴らしい写真が生まれた。写真の撮影地は石川県富来町(現・志賀町)の福浦港。1300年前から中国・渤海国と交流があった歴史ある港で、今はひっそりとしている。30、40年前の写真と比べても大して変わりなく、人影、船の姿も少なく、悪くいえば活力が感じられない。今の日本の地方からエネルギーが感じられなくなるのは寂しい限りである。

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荒波にもまれた絶景

山口県・角島

下関から国道191号を北上し、50㌔ほどを過ぎると国道435号が右手に見えてくる。そのまま数㌔北上すると角島方面行きのサインが出て、そのまま海沿いに走ると沖に一直線に伸びる角島大橋が見えてくる。2車線ながら左右に海を眼下に見下ろしての走行は少し風でもあれば危険を感じるぐらいである。
角島は奥に深く、周囲が17㌔もある大きな島。周囲は日本海の荒波にもまれた絶景が続く。磯釣りのメッカでもあり1年を通じてファンが訪れている。
島の中央を4、5分も走れば先端の灯台に着く。近くにはレストランや特産品の店もあり、夏には海水浴客もたくさん訪れる観光の島でもある。
灯台の歴史も古く、明治9(1876)年、英国人のブラントンの設計。御影石を使い美しい灯台である。灯台の周りには「つのしま自然館」やハマユウの群生地もあり、自然と触れ合える土地だ。
灯台から100㍍ぐらい離れた所に、下半分が土に埋まった形で鳥居が立っている。見渡しても近くに神社の影も見えず、一見オブジェのようでもある。鳥居の風景は日本独特のもので、お寺の山門と共に日本人には欠かせないものだ。
以前、津軽半島にも海岸にポツンと立つ木製の鳥居があった。周りには人家も神社も見えない。聞いたところによると、海岸から少し離れた森の中にある神社に海から舟でお参りに来る人たちのために、神社の目印として立っているのだという。日本文化の奥深さを感じる。

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おやじについて

顔写真
池端 滋
いけはた しげる

1942年相倉生まれ
52歳まで東京と富山で
カメラマンとして生活
現在は妻と2人で民宿経営

写真集・連載・著書


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