お願いすると一列に 中国・大同市

2019年11月8日版掲載

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私が10代~20代の頃、ヨーロッパには多くの著名なカメラマンがいた。彼らの写真は人間を写し、時代を写し、戦争を写し、日本の社会とは全く違う世界を私に届けてくれた。写真を目にする度に、ヨーロッパに憧れと夢を抱いたものだ。

当時の私には東京に出て写真の社会に身を置くことが精いっぱい、海外に出ることは夢のまた夢だった。

富山市内で写真でなんとか生活していた30代半ばを過ぎた頃、知人から中国旅行の誘いを受けた。当時の私は中国について、毛沢東、周恩来、文化大革命、四人組、万里の長城などわずかな知識しか持ち合わせていなかった。

日本と違う大国を自分の目で見る機会を与えてくれたこの誘いを、海外に出るチャンスとばかりに参加したのが1979年、北京、大同、太原、西安の2週間の旅だった。

中国が外国から旅行者を受け入れる準備を始めたばかりで、大同や太原の宿泊所は、役人などが利用していたもので、建物も古く設備は悪い。食事は口に合わないものが多く、持参した梅干しが大変役に立った時代。それでも訪問先の都市は日本とは違うスケールの大きい建造物や文化で、圧倒されたものだった。現在、世界遺産に登録されている雲崗(うんこう)の石窟では記念写真を撮る私たちを多くの中国人が取り囲み、戸惑ったことも楽しい思い出だ。

忘れてはならない大同炭鉱だ。1937(昭和12)年、日本軍の占領から45年に終戦まで、過酷な労働で中国人労働者約6万人が犠牲になったとされ、「万人坑」として保存、歴史の証となっている。心が重く忘れられない。

写真は大同の宿舎の近くの農家。家族総出の麦の刈り取り作業を写真撮影したいとお願いしたら、一列に並んでの記念写真となった。

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